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釣りファン必見!びん沼川の魅力

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(画像は、びん沼川)
 10月17日(日)に「第9回クリーンさいたま釣りの祭典」が、ご存じびん沼川(さいたま市西区)で開催されます。

 びん沼川(さいたま市西区塚本)は、さいたま市と富士見市、川越市、志木市の境界にある一級河川です。
上流は新河岸川放水路、下流は荒川本流の約6kmの流程で、元々は荒川の旧川でした。水害から沿岸の村々を守るために、「治水翁(じすいおう)」と言われる斎藤裕美(さいとうゆうび)氏が、この地では尽力されましたが、今では一日2000人以上の釣りファンが訪れる好釣り場として人気を博しています。

 ここは、漁協が定期的に様々な魚種を放流しているので、年間を通して安定して釣れる釣り場になっており、足場もしっかりしている所が多いので晴れた日は子どもも比較的安心して釣ることができます。

 おすすめポイントは、用水路の吐き出し口や水門近く(マル秘?)、仕掛けはフナ釣り用、エサは、グルテンや赤ムシがお勧めだそうです。
 モツゴ、モロコ、オイカワ、ウグイ、大物ではコイ、ニゴイ、ヘラブナ、ナマズ、冬にはタナゴ釣りが楽しめます。

 「第9回クリーンさいたま釣りの祭典」   
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<びん沼川>
1.入漁料 大人400円
2. 問合せ 埼玉南部漁業協同組合 048-624-5706 又は090-3086-1562(鈴木)
(参考・転載:(社)さいたま観光コンベンションビューローSai's(さいたまの観光情報))
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「水と緑と花のまち」から「花と手打ちそばと温泉のまち」へ

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(画像は、大宮花の丘農林公苑/さいたま市HPより転載)
 西区には、「大宮花の丘農林公苑」という素晴らしい観光スポットがあります。 パンジー・サルビア・コスモスなど四季を通じて花を楽しめる場所として、地元のみならず遠方の方々からも親しまれており、広大な花畑敷地内には、農産物直売所やレストラン、親水広場もあり、年代を問わず楽しむことができます。
 四季おりおりの花を楽しみ、自然豊かな公苑を楽しんだ後、直売所の野菜などを買い込んで、地元の生産者が精根こめて作った自然いっぱいの食材で、自宅に帰り夕飯を楽しむことができます。


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 そして昼食は、花の丘手打ち蕎麦「たねや」さんはいかかでしょうか。
 武蔵野の雑木林がまだ多く残る地区に建つ日本家屋の蕎麦屋。建物の色彩が周辺の緑と調和しており、景観に充分ん配慮された建物と手入れの行き届いた庭園は、訪れた者に旅にきた雰囲気を感じさせます。
季節の移ろいを感じ、静寂に包まれながら「なごみの里」でどうぞ、ゆっくりお寛ぎください。(たねや店主/花の丘手打ち蕎麦たねやパンフレットより)


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 そして、掛け流しの温泉はいかがでしょうか。それは「清河寺温泉」です。
 優美な竹林を眺めながら癒し感たっぷりの清河寺温泉ですが、露天風呂にある自慢の生源泉湯(地下約1500mから湧出した38.3度源泉)は掛け流しで利用できます。
 癒しを求めての自然豊かなさいたま市西区にあるこの「清河寺温泉」は、リピーターが多いことでも有名です。特に、源泉をひとり占めできる贅沢な「露天つぼ風呂」に入って、ゆっくりすると何もかも忘れる癒しが得られます。

 
西区は「水と緑と花のまち」をスローガンにしていますが、たまには「花と手打ちそばと温泉のまち」というのは、いかがでしょうか。是非、近隣の方だけでなく、市内や埼玉県内の方々も是非いらしてください。 

錦乃原桜草自生地での桜草まつり

 毎年、治水橋のほとりの桜草園(自生地)で桜草まつりが開催されますが、今年も4月19日から3日間開催されます。
(参考)主な写真ホームページ 
 ◆個々の桜草を観察するには錦乃原桜草園が最適です
 ◆EOS40D練習記(さいたま市 錦乃原櫻草園)
 ◆金峯山(愛犬と共にその日、その時を。。。)
 ◆もぎたて埼玉情報(サクラソウ開花情報)
さいたま市桜区・西区には、サクラソウ自生地の保存に地元の人たちが努力されています。
この西区治水橋南側の桜草園は、規模は田島ヶ原に及びませんが、桜草をすぐ間近に見られ、観察や写真を撮るには錦乃原桜草園の何よりのメリットです。
 花弁は普通は5片ですが、6片や4片があったり、色も薄いピンクや濃い紅色など様々な形や色が楽しめるのも、この場所の魅力です。
 皆様、きれいな写真を撮って、ホームページでの公開や写真展での出展をしてみませんか。

「さいたま市10区の歴史と文化」(⑨南区)

さいたま市南区に、佐々目郷(中世の郷・さいたま市の西南部から戸田市の北部)があり、鎌倉の鶴岡八幡宮の所領でありました。 中世では入間川(現荒川)の左岸で、自然堤防地帯で、自然堤防と後輩湿地からなり、居住と水田が近接しているところです。
 佐々郷は、八幡宮の重要な所領として、天正18年(1590年)まで続きますが、応永元年(1394年)から6年にかけて、佐々目郷の農民は、年貢減免の闘争を起こした記録があり、この地の住民自治が芽生えたことも知られています。
 これは特に、荒川(入間川)下流域の水と平原から成り立つ豊かな水田地帯の生産性に裏打ちされた自信からであろうということです
 また、鶴岡八幡宮領の三分の一が南区であったことや、国内旅行である熊野参拝を習慣にして楽しんでいたという記録もあり、裕福な土地であったことがうかがえます。
 その地域の歴史を訪ねていくことや調べたりすることも楽しいものです。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

「街角景気」調査が、景気の実態を表す

 景気の指標は、企業の業績(各業種の好況度合)が、景気の先行指標と言われていますが、景気を肌で感じる人の感覚が大切と思っていましたが、街角の現場感覚がやはり、株価と連動した指標となっており、身近な人の感覚が統計調査に反映されています。
以下、朝日新聞・東洋経済の眼の記事を参考・引用させて頂きました。

 株式市場で最近、注目されている経済指標に「景気ウォッチャー調査」があります。内閣府が毎月公表する同調査は、タクシーの運転手やコンビニエンスストアの店長など、景気を肌で感じる人々(=景気ウォッチャー)に景気が良いか悪いかを聞き、これを指数化したものです。

 「休日の来店客数が減っている」「中途採用を手控える企業が増えている」など、回答とともに寄せられる全国ウォッチャーの声からは「街角景気」の実態を知ることができます。
 この調査が注目されるのは、株価との連動性が比較的高いためです。同調査では、3カ月前と比べた景気の現状に対する見方を示す現状判断指数(DI)が、2008年4月から12月まで9カ月連続で低下。00年の調査開始以来、最低の水準まで落ち込みました。

 この間、株価もそれに呼応するかのように下落が続き、日経平均株価は昨年10月28日には、1982年以来26年ぶりに、一時7000円を割り込みました。
 しかし09年に入り、景気ウォッチャー調査の現状判断DIは1月、2月と連続して上昇。株価も3月中旬から値上がりに転じました。3月調査の結果公表は今週の4月8日。多くの投資家は、景況感のさらなる改善に期待しています。(「週刊東洋経済」編集部)

 その4月8日の発表。内閣府が8日発表した3月の景気ウオッチャー調査によると、景気の実感を示す「街角景気」の現状判断指数は前月に比べて9ポイント高い28.4と、3カ月連続で改善したとのこと。
 内閣府は今回の結果をもとに、基調判断を「景気の現状は極めて厳しいものの、悪化のテンポがより緩やかになっている」とした。前月の「このところ悪化のテンポが緩やか」から2カ月連続で上方修正した。
 景気が良くなったという感覚は全くないが、少し上昇機運になっているということかもしれない。
 

さいたま市10区の歴史と文化(⑧緑区)

 日光御成道は、徳川家康・家光の霊廟がある日光に徳川家康家が参拝する時に使う専用道路でありました。本郷追分で中山道から分かれ、王子、岩淵、川口、大門、岩槻を経て、日光道中に合流されています。
 緑区にある「大門宿」は、元禄10年(1697年)正式に宿駅となり、本陣は大門村の名主の会田家が命じられています。この大門宿には、当時供奉人、人足合わせて22万有余の人や馬が通行し、姫路城主や松山城主も宿泊しています。
 これらのことから、大門宿本陣間家には膨大な古文書が保存されており、約7000点の近世文書が保存されている様です。
文化財紹介 会田家文書
私たちの住んでいる地域の歴史を深く学ぶことで、このさいたま市の良さを再認識することが大切であると思っています。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(⑦西区その2)

 斎藤裕美と治水橋・治水工事については、西区その1で説明しました。
今回は、「荒川右岸の西区エリアである旧河川の堤内のこと」と「錦乃原桜草自生地保存」についてです。

旧馬宮村付近は、新川開鑿(かいさく)、右岸(上流からみて右手)堤防をつくり、左岸堤はかさ上げ、移転用地が行われ、飯田新田が分断されました。(荒川の西にさいたま市があるのはそのため)
このことは、意外と知られていないことです。

 荒川の源流は奥秩父の甲武信ヶ岳(2475m)の武州側ですが、この荒川が秩父山地から桜草の種を下流へ運び洪水を介してこの流域にもたらしてくれたものが桜草の自生地です。
 この悲願の桜草自生地の復活は、「錦乃原桜草保存会」の皆様の努力で、現在の桜草園を楽しませてくれています。毎年開催される「錦乃原桜草園まつり」も楽しみです。感謝。

この2つのことは、さいたま市西区の経営資源として、大いにアピールしていきたいと思います。

さいたま市10区の歴史と文化(⑦西区その1)

 西区の飯田新田と二ツ宮の間の荒川に架かる大きな橋梁は、「治水橋(じすいばしと読む)」です。
斎藤裕美(さいとうゆうび)という人がいて、人呼んで「治水翁(じすいおう)」と言われています。
 裕美は、1866年の西区飯田新田生まれで、明治32年に埼玉県議会議員を7期27年在任、藍綬褒章や大宮名誉市民に推挙されています。
 斎藤裕美の偉大な仕事は、荒川の大規模洪水に対応するための改修です。江戸時代から長年洪水には悩まされ、内務省(現国交省)の直轄工事の河川改修を提唱したことで、蛇行地帯の直流工事や連続堤や横堤の治水施設が出来ています。
(横堤:堤防に直角につき出る横の堤防をくし状に並べると、流水が当り渦を巻き、流れの方向をかえて水流を弱めている。)
 また、荒川放水路や岩淵水門も建設されています。

 斎藤優美の功績を称える「彰功碑」が建てられ、「治水をしせいの事業とせん」と刻まれています。
この歴史的人物をもっと知らしめることが、荒川を抱える西区やさいたま市の責任であると思います。
治水翁の洪水へのこだわりや画期的な連続・横堤などの当時の治水技術の高さがうかがわれます。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(⑥中央区)

 中央区の大戸には、南に細長く伸びた大地があります。今から6000年程前、海進運動(海の水が増えて海水面が上がり、海が広がってくること)があり、東京湾はほとんど内陸(奥東京湾)に入ってきました。
 大戸は、台地上が陸地、その周りは海となり、約700mのほそ長い半島で見晴らしの良いところだったと思われます。ここに住んだ人が残していったのが「大戸貝塚」です。
 貝塚には、海にすむ貝殻が含まれており、貝塚のある位置を地図に落とすと当時の海岸線が、つまり東京湾が広がった範囲が見えます。その最奥は、栃木県の南部にある藤岡町まで及ぶそうです。

 「大戸貝塚」には、使われなくなった五基の竪穴式住居の窪地に貝殻、土器、獣骨などを投棄している。また縄文時代前期竪穴式住居一軒と石斧、石匙、土器片、鹿角等が出土しています。

 貝塚をめぐっては、歴史の流れなどが理解でき、大切な文化財であります。特にこの大戸貝塚は、昭和32年から発掘され、埼玉県の考古学史上注目された出来事でした。

私は、その「地域の歴史を知る」ことは、その地域の生い立ちが理解でき、まちづくりに大いに役立つはずだと考えています。まさしく温故知新という訳です。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(⑤桜区)

 桜区の南西端、荒川の河川敷に「特別天然記念物 田島ケ原サクラソウ自生地」があります。わが国最大のサクラソウ自生地で面積4ヘクタール、他の野草とともに約120万株のサクラソウが自生しています。
 サクラソウは、学名が「Primura sieboldii」で、サクラソウ科に属する多年草剥宿根の植物です。プリムとは、ラテン語で最初のという意味で、サクラソウの仲間が春の最初に咲く花だからです。

 サクラソウ属は、世界で500種ほどあり、日本では火山地帯に自生しますが、平野部低湿地では荒川下流域に限って自生するという貴重な「さいたま市の資源」です。特別天然記念物は、「花の国宝」といえます。

 天然品種のサクラソウは法的に保護されているのは、田島ガ原と群馬県新里村だけだそうで、貴重な自生地です。荒川縁の錦乃原(西区)、浮間ケ原(東京都北区)では、復元作業で熱心に取り戻そうと努力されています。(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

 私は、唯一この荒川沿い平野部に自生するサクラソウを、後世に残し素晴らしい「花の国宝」として守りたいと思います。そしてサクラソウを「世界の桜(Sakura)」同様、Primroseではなく、世界の「Sakurasoh(海外記述)・さくらそう」にしたいと考えています。
 さいたま市には、なんと素晴らしい「経営資源」、「天然資源」があるのでしょうか。 
 

さいたま市10区の歴史と文化(④北区)

 北区にある盆栽村は、世界のBONSAI(英語)の拠点となっています。この盆栽村は、関東大震災によって被害を受けた東京市本郷区の数件の盆栽業者が避難して作り上げたそうです。

 この盆栽村、実は「住民自治の都市計画」のモデルになるそうです。当時の地権者と賃貸契約をし、区画整理と幅広い道を作ったそうです。(震災学んだ知恵) また、盆栽村借地人組合(盆栽組合)との居住規約があり、①盆栽を10鉢以上もつこと、②門戸を開放すること、③2階屋は建てないこと、④垣根は生垣とすることなどであったそうです。
 
 都市計画に、「賃貸都市」と言う考え方があり、ニューヨークのセントラルパーク(市民あこがれの公園)とダコタハウス(超高級賃貸マンション)と市民の住みたいと思う環境・景観の存在の三角関係がその価値を創造していくという考え方です。イギリスのレッチワースや浜松市のフラッツローゼ等が代表例です。

 しかし、このさいたま市にも、この「賃貸都市」をモデルにした都市計画が存在してたことに驚きました。これからは、環境・景観の良い場所のまわりに高級住宅地を配置し、住民自治をつくりまちを運営していく様な地区(エリア)ができるかもしれません。
 「賃貸都市」という手法を用いて、地権者が裕福になり、住みたい人が増え、景観が守られ、住民の自治が確立するというまちができたらと良いと思っています。
(参考:埼玉大学教養学部講師 泉耿介講義・「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(③大宮区)

 氷川神社は、武蔵国(埼玉県と東京・神奈川の一部・国府は今の府中市)にある250社ともされる氷川神社(氷川女体社・簸王子社含む)発祥の地です。その歴史は、孝昭天皇の御代に出雲大社を勧請(神仏の分霊を講じ迎えまつること)したそうです。
 初めから氷川神社があったのではなく、水稲耕作に見沼の水を得るために発祥した素朴な信仰から発展したのち、出雲の神が結びつくようになったそうです。すなわち氷川神社の発祥の地は、見沼のほとりにあったとの説があるとのこと。
 氷川女體神社の宝物や中山神社(中川の氷川神社)の二間社見世棚作りなど全国的にも珍しいそうです。

 氷川神社といえば、誰もが知っている有名な神社で大宮の名前の由来にもなっていますが、この神社の価値をもっともっと高めるには、他の観光地との回遊性や近隣の空間整備も必要になってくるのではと考えます。これからもさいたま市の最も著名な経営資源として活かしていきたいものです。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(②浦和区)

 今回は、中村吉照(浄土宗 廊信寺の開祖・北浦和)という人の話です。
 天正18年(1590年)に、徳川家康は高力清長(岩槻藩主)という人にに岩槻に2万石、浦和郷1万石(天領・幕府直轄領)を与えました。清長は、浦和郷の代官でもあった訳ですが、中村吉照という人を浦和郷の代官として任命し治めさせました。吉照は針ヶ谷村に陣屋を設け、浦和郷を支配していたようです。
 清長は、性廉直の人で、吉照に浦和郷からの年貢を岩槻城に運ばせることなく、直接江戸の官倉に納めさせたそうです。そんなことから、吉照は徳川の代官となり、のちの秀忠に拝謁し徳川の側用人になった人です。
 
 清長は、本当に素晴らしい上司であるとともに、吉照も徳川に評価されていったということです。
全国数ある藩の中で、さいたま市にゆかりのある人が徳川を支えていたことを考えると、誇らしい限りです。
 さいたま市から、市政、県政、国政や産業界を支えていく人材が多く輩出されていき、地域に思いのある人が地域に貢献することができれば、なんと素晴らしいことかと思っています。
 多くの人材が、産業界や政界などさまざまな分野へ進出され貢献されることを強く念じております。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

さいたま市10区の歴史と文化(①岩槻区)

 「さいたま市10区の歴史と文化」という講座は、1区1話で狭く深く学ぶをモットーに青木義脩先生講師でレクチャーを受けていますが、その感想とまちづくりに参考になるヒントを記述致します。

 第一話は岩槻区。「岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南柯と時の鐘」というのがあります。児玉南柯という人物は、昌平黌に入学、後に房州の郡奉行となった人で、後の遷喬館(家塾から藩校に)を設立した人です。岩槻藩の飛地(安房勝浦)での清国船漂着事件で漢学を駆使して対応し功績を得たことで側用人や勝手向取締まで務められた人です。(寛政年間・1790年代)

 児玉南柯が藩士子弟を教育する藩校として自ら設立したという精神を引き継いで、さいたま市も全国でも有数の「教育のまち」(希望する自由な教育が享受できる仕組み)にできたら素晴らしいなと考えます。
 一方、高齢者の知恵を子供にいかに伝えるかも重要です。学校やコミュニティセンタ、さまざまな施設や公園で、歴史や伝統、昔の知恵を、人生の大先輩から継承する仕組みが大切ですが、その場所とその運営、つまりハードとソフトの組み合わせが大切になってきます。
全国各地域での優れた先進的な取り組みがなされていますが、先例を他の地域にもっと広げていくことが出来れば、素晴らしいまちづくりができると考えています。
(参考:「さいたま市10区の歴史と文化」・青木義脩先生)

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 プロフィール

■稲川 晴彦

Author:■稲川 晴彦
◆いながわ(稲川)晴彦
◆さいたま市議会議員(2期)
◆市民生活委員会 委員長
◆議会改革委員会 副委員長
◆決算・行政評価委員会理事
◆会派:自民党さいたま市議団
◆さいたま市/西区宝来在住
◇関西学院大学/法学部卒業
◇体育会フィールドホッケー部主将
◇富士通入社/福岡/高松/本社
◇一貫してソリューション営業担当
◇営業部長・主席部長歴任
◇妻/長男(大学院生)/3人家族
◇趣味:狂言鑑賞/ゴルフ
(2012.1.1現在)


 「理」(ことわり)の意味

「理」(ことわり)とは、①物事の筋道、②整えること・おさめること・とりさばくこと、③普遍的な絶対・平等の真理 という意味です。(広辞苑より)

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